はじめに

大阪・難波にある小さなお寺に、百人の王棋好きが集まりました。 今夜は特別な夜。 彼らは 百物語怪談会 に参加するのです―― 一人ひとりが不思議な話を語り、終わるたびに自分のろうそくを消していく、 古くから伝わる日本の風習です。

九十九本の炎が、広間で輪を作ります。 その中心には、青い提灯に守られた最後の一本が静かに燃えています。 そこに座るのは、百話目を守る会の会長。

すべての明かりが消えたとき、 ――何か特別なことが起こる、と伝えられています。

集まったのは、物語のプロではありません。 学生、会社員、商店主、引退した人たち… 王棋への情熱で結ばれた、普通の人々です。

今夜、彼らが語るのは自分の身に起きた出来事。 着物の幽霊も、伝説の怪物も登場しません。 ただ、いつもの大阪の街角で、住んでいる団地で、 買い物する店で―― ふとした時に起きる、妙な出来事ばかり。

ろうそくに火が灯され、 静寂が訪れます。

最初の物語 が、始まろうとしています。