主催者が静かに立ち上がり、集まった人々を見渡した。九十九本のろうそくの光が、見つめる顔々にゆらめく。 「皆さん、今年も百物語怪談会の夜がやってきました。今宵、百の物語が私たちを待っています。日常の陰に潜む、百の証言です。」 主催者は少し間を置き、やわらかく微笑んだ。 「キム・スジンさん、今宵の一話目をお願いできますか?」

死角(しかく)

キム・スジンと申します。昔から私を知っている方もいらっしゃるでしょう。 今からお話しするのは…去年の冬、鶴橋に引っ越したばかりの頃のことです。 大家がまた家賃を上げてきて、もうどうしようもなくて。

やっと見つけたのが、古びた団地。壁はボロボロ、階段はきしむし、廊下はカビ臭い。 二間だけの狭い部屋で、畳にはシミがあって…。夜中には、隣の住人のトイレの音まで聞こえてくる。 でも、仕方なかったんです。

引っ越して三日目の夜、ミンホが――うまく言えないけど―― 毎晩、決まって同じ時間、午前3時15分に目を覚ますようになったんです。 パッと起き上がって、隣の建物との境の壁を指さして、何か叫ぶんです。 それが、韓国語でも日本語でもない、変な言葉で。 で、また何事もなかったように寝るんです。

朝になると、本人は全然覚えてない。 仕方なく、近所の保険証が遅れてても診てくれるクリニックに行ったら、 医者は「夜驚症」だって言って、ろくに払えないような薬を出されて…。 でも、全然よくならなくて。

その頃から、私はこの集まりによく顔を出すようになったんです。 気が紛れるし、少しは頭を切り替えられる気がして。 でも、王棋を打ってても、どこか集中できなくて。

ある日、祖母のキムチを手伝いに市岡市場に行ったとき、 お客さんの合間に、祖母がじっと私を見て言ったんです。 「なんでそんなに疲れた顔してるんだい?」って。 それで、ミンホのことを話したら――

祖母はただうなずいて、 「ああ、その壁か」って。まるで、全部知ってるみたいに。 そして、小さな袋に入った塩をくれたんです。 料理に使う塩じゃなくて…そういう時に使う塩。

工場勤めの夫に話したら、鼻で笑われました。 あの人、こういう話は信じないから。 でも、ひと月も眠れない日が続いたら、何でも試したくなるもんです。

その夜、祖母に言われた通りにしました。 ミンホがまた叫び出した時、私は壁に向かって塩を撒いたんです。 そしたら…かすかに、シューッて音がしたんです。 本当に微かに。 そして、ミンホはすぐに横になって、寝ました。

翌朝、サイレンの音で目が覚めました。 隣の建物で、長年ひとりで暮らしていたおばあさんが、 浴室で亡くなっていたんです。 例の、いつもランニングシャツでビール臭い管理人が言うには、 「顔が焼けてた」って。

後でわかったんですが、そのおばあさん、うちの隣人だったんです。

私、こういう話はもともと信じないタイプです。 うちは代々クリスチャンですし、最近は教会に行ってませんけど。 でも、それでも私は、その壁にタンスを押し付けました。 そして、毎週少しだけ塩をその後ろに撒いています。念のために。

ミンホは、今はぐっすり眠っています。

キム・スジンがろうそくを吹き消した。百話の一つ目が、静かに終わった。